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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(オ)1202号 判決 1960年7月27日

上告人 宮本啓介

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木戸孝彦の上告理由第一点について

所論は本件差押当時の国税徴収法九条一項違反をいうのである。しかし、同条項には、その後の昭和三八年法律七八号による改正規定九条二項のごとき、督促状に依り指示すべき期限についての別段の規定もなく(この改正規定は、更にその後の昭和三四年法律一四七号により改正せられ、期限の指定に関する規定は削られている。)、即刻納付せよとの督促は、遅滞なく納付すべきことを催告した趣旨と解すべきであつて、前記条項にいう期限の指定たるを失わないものと認められ、いまだこれを違法なりとすることはできない。右と同趣旨に出でた原判示は正当であつて、所論は採るを得ない。

同第二点について

所論は本件差押当時の国税徴収法一〇条一号違反をいうのである。しかし、原審の認定した事実関係の下においては、所論滞納額は、一旦督促のなされた後における誤謬訂正による税額の減少、公売処分による公売代金等を計算した結果生じたものであつて、このように税額が減少せられた場合には、税額更正前に督促手続がなされている以上、改めて減少された滞納額に対して督促手続をすることなく前になされた督促手続に基きただちに差押処分をなしうるものと解すべきである。また、所論引用の所得税法四七条は、更正により確定申告の税額を超過して追徴すべき税額分、確定申告書を提出しなかつたがため政府の決定により徴収すべき税額分に対する納期の規定であつて、本件のごとき税額の減少せられた場合に適用せられる規定ではない。それ故、所論は採るを得ない。

同第三点について。

所論は本件差押当時の国税徴収法二四条違反をいうが、原判決の認定した事実関係の下においては、未だ本件公売が所論のように不当に廉価になされたものであるから違法であると認めることはできない(国税徴収法施行規則一四条違反の主張は、原審で主張、判断のない事項を当審において新らたに主張するもので、適法な上告理由とは認められない。)この点に関する原判示は正当であり、所論は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 人江俊郎 齋藤悠輔 下飯坂潤夫 高木常七)

上告代理人木戸孝彦の上告理由

第一点原判決は国税徴収法(昭和廿三年法律一〇七号改正) 第九条一項「国税ノ納期限ヲ過ギ其ノ税額ヲ完納セザル者アルトキハ収税官吏ハ督促状ニヨリ期限ヲ指定シ之ヲ督促スベシ」の法意を誤つた判決でありその法今違反は判決に重大な影響を及ぼすものである。

一、上告人は第一審並に原審に於て昭和廿四年六月八日、同月廿五日上告人所有に係る不動産に対して被上告人がなした差押処分はその前提要件をなす原告に対する督促状(甲第一号証)はその期限を「即刻納付」せよと指定して居るが右は国税徴収法第九条第一項「国税の納期限を過ぎ其の税額を完納せざる者あるときは収税官吏は督促状により期限を指定し之を督促すべし」に反する無効な督促であることを主張し且立証して来たのである。

一、下関市大字豊浦村字関峠三千百五十六番地

宅地三百三十三坪

一、同市大字同字中尾千百八十四番地の一

山林一反六畝二十九歩

一、同市大字同字関峠二千百三番地

山林二反三畝四歩

一、宇部市大字際波字西洗川三百二十番地の一

山林四反八畝二十七歩

一、同市大字同字山根三百二十一番地の一

山林八畝七歩

一、同所三百二十二番地

山林一畝十二歩

一、同所三百二十三番の二

山林一反二畝二十八歩

而るに第一審判決は右の主張に対し

「本件各差押当時の国税徴収法第九条には督促状に指示すべき納付期限について現行第九条第二項の「前項の督促状に依り指示すべき期限は督促状を発する日より起算して十日以上経過したる日なることを要す」旨の規定(昭和廿六年法律第七八号による改正)がない。従つて納期を如何に指定するかは税務官吏の裁量に委ねられていたものと解すべきである(中略)右事実及び本件弁論全趣旨により認められる原告の財産状態等を彼是比較考慮すると下関税務署長に於て原告に対する租税債権確保のため急速に滞納処分を実施する必要ありとして納期を前敍の如く即刻と指定したものでこの判断は相当と認められる。

前敍事実関係の下に於て即刻納付せよとの督促は原告の人権を無視したものと云うことはできない」

と判旨し、原審も亦右判旨を維持し「右のような督促と雖も当時の国税徴収法に照し適法のものと云うを妨げず具体的理由は原審料決の適示するところと全く同一であるからここに之を引用する」と判旨して居る。

二、上告人は前項に於て指摘した第一審判決の理由は次の如き諸点に於て国税徴収法(昭和廿三年法律一〇七号改正。以下単に当時の国税徴収法と謂う) 第九条の法意を誤つて解釈したものと考える。

(1)  国税徴収法に規定されて居る督促の効力については一面に国税徴収の手続たる性格を有すると共に他面滞納処分の前提要件たる性格を有するものである。右は督促に関する第九条が国税徴収法第二章徴収の項にあることと、国税徴収法第三章滞納処分第十条に「左の場合に於ては収税官吏は納税者の財産を差押うべし、一、納税者督促を受け其の指定の期限までに督促手数料、延滞金及び税金を完納せざるとき」とある規定を指摘すれば充分である。

右の如く徴収手続たる性格と滞納処分の前提要件たる性格とは同一のものでは当然ない。

即国税徴収の手続としては国税徴収法第二章徴収の規定によれば第六条による納税人に対し納金額、納期日及納付場所を指定し告示する手続と、第九条による督促状に依り期限を指定し之を督促する手続と二種類ある。

元来我国民は憲法第三十条により法律の定める所により納税義務を背負つているのであり、その納税は当然任意納付を前提として居るのである。従つて収税官吏も亦右の趣旨を根本理念として収税事務を扱う義務を負担して居ると云わなければならない。国税徴収法は右の任意納付を遂行せしめ且国民の権利を侵害しない為に徴収手続に於て納税期日の告知と更に告知後は督促状による催告手続を規定して居ると考えるべきである。

右の如き趣旨より判断するならば第九条第一項に、「収税官吏は督促状により期限を指定し之を督促すべし」とあるその期限については少くとも納税者をして任意納付せしめ得るだけの猶予を与えるものでなければならない事になる。

第一審の判決判旨の如く当時の法に現行法の如く期限の指定がなかつたから右は収税官吏の裁量により、従つて即刻納付も違法でないとするのは、法の条文の形式のみに捉われその前述の如き根本理念よりする法意を誤つたものか若しくは「租税債権確保のため急速に滞納処分を実施する必要ありとして納期を前叙の如く即刻と指定したもので……」の記載よりすれば督促の持つ他の半面たる滞納処分の前提要件たる性格のみを採り上げ重要な基本的性格を無視した誤断と云わざるを得ない。

上告人は右の如き根本理念の存する故にこそ昭和廿六年法律第七八号の改正により、「前項の督促状により指示すべき期限は督促状を発する日より十日以上経過した日なることを要す」と云う規定が設けられたのであると考えられるが斯る理念は憲法、国と国民との関係等よりしても規定の有無に不拘厳として存在するものであつて、原決判は斯る理念を全く等閑に付し本条の法意を誤断したものと云わざるを得ない。

(2)  原判決摘示の通り下関税務署長が督促状に即刻納付せよと記載せしめた事には当事者間で争いはない。

而るに右の如く日を以て限らず即刻納付なる時刻を限つてなした督促が有効とは考えられない。

何故ならば督促状が相手方に送達さるべき時刻は一定して居らず、而も送達後直に納付する等と云う如き事は現実に不可能と云わざるを得ない。

斯くの如く納税者に不可能を強いる如きことは国税徴収法第九条一項にある期限に該当するとは到底考えられないのである。仮りに「即刻納付」の意味が送達後「遅滞なく」という意味であるとするならば一日でも三日でも遅滞なくに該当するのであつて、斯る莫然たる指定は法の要求する期限に該当するものでないことは明かである。而も国税徴収法が期限を日を以て限る事を予定して居ることは次の事実により明瞭である。

即、国税徴収法第九条第二項には、「第一項に依り督促を為したる場合に於ては納期限の翌日より税金完納又は財産差押の日迄の日数に応じ税金額百円に付一日二十銭の割合を乗じ計算したる延滞金を徴収す」と規定して居り、右の延滞金は納税者に採つては重大な利害関係を有するものであるが仮りに「即刻納付」なる事が有効とした場合、督促状の送達が資金調達も亦納付も事実上不可能な夕刻送達を受けた場合に納税者は翌日完納した場合でも既に延滞金を支払う義務を負担すると云う不合理を現出するのである。従つて此の点に於ても本件督促は納税者に不可能を強いる違法な督促と云わざるを得ず無効なものと考える。

(3)  以上の二点より本件督促は明に国税徴収法第九条第一項の規定に反した無効な督促であり、その督促を肯定した原判決は右条項の法意を誤断したものと云わざるを得ない。而も斯くの如き無効な督促に基いて前記の如き上告人所有の大部分の不動産の差押処分、公売処分が行われ重大な損害を蒙つたのであるから斯る法令の違反は判決に及ぼす重大なる影響を有することは明かであつて、原判決は当然破棄を免れないものと思料するものである。

第二点原判決は国税徴収法第十条一号、「左ノ場合ニ於テハ収税官吏ハ納税者ノ財産ヲ差押フベシ、一、納税者督促ヲ受ケ其ノ指定ノ期限マデニ督促手数料、延滞金及税金ヲ完納セザルトキ」の法意を誤つた判決であり、その法令違反は判決に重大な影響を及ぼすものである。

一、上告人は第一審並に原審に於て昭和二十四年八月一日に上告人所有に係る

一、宇部市大字際波干八百九十六番地の一

木造瓦葺平家建家屋建坪三十八坪五合

一、同所二百八十八番地の二

木造瓦葺平家建家屋建坪二十坪

一、同市大字同字山根千八百九十六番の一

宅地百十一坪

を昭和廿三年度所得税更正決定を昭和廿四年七月六日を以て誤謬訂正をなしたにも不拘右に基く督促手続を経ずして差押処分がなされたものであるから右差押処分は違法且無効な処分であることを主張し且立証して来たのである。

而るに第一審判決は右の主張に対し、「右滞納額につき原告(上告人)に対し督促手続の為されていない事は本件弁論の全趣旨に徴収認めることが出来る」と督促手続の不存在を認めながらも、「本件弁論の全趣旨によると右滞納額は前記督促後における誤謬訂正による税額の減少、公売処分による公売代金等を計算した結果生じたものと認めることができる。督促後更正決定、誤謬訂正等により税額が増加した場合は格別、減少した場合においては更めて督促に及ばなくても納税義務者の権利を害することはないので税額更正前に行われた督促手続に基き直に差押処分を行うことができるものと解すべきである」と判旨、原審判決も亦右判旨を維持し

「前記(四)の差押について督促がなくその差押物件の一部について差押通知が為されていないとしてもいずれも之を以て違法の差押と云うことを得ないのであつて、以上についての具体的理由は原判決の摘旨するところと全く同一であるからここに之を引用する」と判旨して居る。

二、上告人は前項に於て指摘した第一審判決の理由は以下述べる如く国税徴収法(昭和廿三年法律一〇七号改正) 第十条一号の法意を誤つて解釈したものと考える。

(1)  国税徴収法第十条は「左の場合に於ては収税官吏は納税者の財産を差押うべし

一、納税者督促を受け其の指定期限までに督促手数料、延滞金及税金を完納せざるとき」

と規定して居る。

当時の所得税法第四十七条によれば

「政府は前条第一項乃至第四項の規定により更正又は決定をなした場合においてその追徴税額(その不足税額又はその決定による税額を云う。以下同じ)があるときは同条第五項の通知をなした日から一箇月後を納期限として之を徴収する」

とあり、更に同法第五十条によれば

「政府は第四十八条第一項又は前条第一項(同条第二項に於て準用する場合を含む)の請求があつたときはこれを決定し納税義務者に通知しなければならない」と規定して居る。

右の各条項によると政府は納税義務者より審査請求があつた場合にはこれを決定し通知しなければならず、その通知があつた場合には通知後一ケ月後が納期限になることになる。

之を本件に当嵌めると上告人は昭和廿四年三月十日下関税務署長を通じ広島財務局長に審査請求をなし、その結果同年七月六日付を以て税額更正の誤謬訂正決定の通知を得て居ることは当事者間に争いがない。

而りとすれば右決定を受けた税額に対する納期限は少くとも昭和廿四年八月七日以降でなければならないのである。

此の点に於ても納期限未到来時に本件差押処分がなされて居ることが明かであつて、その限りに於て既に該差押処分は違法且無効なものであると云わなければならないのである。

(2)  而も前記条文の示す通り更正又は決定した税額について所得税法は明に新たなる納期限を規定して居る以上、納期限を過ぎた未納税額分の徴収は国税徴収法第九条一項により督促手続を経なければならない事は当然でさる。

此の意味は逆に云うと決定通知前の納期も又督促の効果も決定通知後には及ばずその手続は全て新しく所得税法並に国税徴収法の規定により行わなければならない事を示すものに他ならないのである。

そこで既に掲記した如く国税徴収法第十条一号は財産差押えの要件として「督促を受け其の指定の期限迄に完納せざるとき」と規定して居るのであつて督促手続を欠く差押処分は無効と云わざるを得ないのである。

本件の場合に於ては決定通知が昭和廿四年七月六日であるから右決定税額の納付期限は少くとも昭和廿四年八月七日以降であり、その後に督促状で期限を指定した後に始めて有効なる差押処分が可能となるにも不拘事実は明な通り昭和廿四年八月一日に差押処分がなされて居るのである。

右は納期限内に差押処分がなされた事、督促手続が全くくなされて居ない事と二重の点に於て全く法手続を誤つた違法且無効な処分と云うことが出来るのである。

第一審判決の判旨は右の如き所得税法の規定を全く無視したか或は忘却された結果誤つて、判断されたものと考えざるを得ず、而も判旨の如く決定により税額が増加された場合と減少された場合とを区別するが如きは行政処分の本質を考えるとき斯る便宜的な実体からのみ考察を加える事は到底容認し得ないのである。

若し右の判旨を正当とすると逆に次の様な議論も成立ちうるのである。

即、更正決定が増額の場合には、以前の少額に於てさえ完納出来ず滞納処分を受けたものが到底増額されたものをも支払えぬ事は推認し得るから寧ろ右の場合は督促等の利益を与えずして差押処分をしても何等権利侵害にはならず減少した場合には右の減少額ならば何も差押処分を受けずとも完納し得る事態が容易に考えられる以上督促等の手続を経ずしてすることは納税義務者は重大な権利侵害を蒙ることになるのである。

(3)  以上の如く第一審判決並に原審判決は所得税法の関連条項を無視した上、国税徴収法第十条一号を誤つて解釈し誤断をなしたものであつて右の法今違反は判決に及ぼす影響頗る重大であることは、右違法且無効な差押処分に基き上告人所有不動産は公売処分に付されると云う莫大なる損害を蒙つた一事を以てしても明瞭であると云わなければならない。

尚原審判決は第一点に於て指摘した督促が有効なものとして、本件差押処分には督促がなくともその督促により違法ではないと断じて居られるのであるから第一点に於て述べた如くその督促が無効でありとすればその点に於ても当然本件差押処分が無効となることは論を俟たない所である。

第三点原判決は国税徴収法第二十四条「差押ヘタル動産、有価証券及第二十三条ノ一ニ依リ収税官吏カ第三債務者ヨリ給付ヲ受ケタル物件ハ通貨ヲ除クノ外公売ニ付ス、公売ノ手続ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム、公売ニ付スルモ買受人ナキカ又ハ其ノ価格見積価格ニ達セザルトキハ其ノ見積価格ヲ以テ政府ニ買上クルコトヲ得、債権及所有権以外ノ財産権ニ付テハ前二項ノ規定ヲ準用ス、公益上必要アル場合ニ於テハ随意契約ヲ以テ第一項ノ公売ニ代フルコトヲ得」の解釈を誤つた判決でありその法令違反は判決に影響を及すものである。

一、上告人は第一審並に原審に於て昭和二五年九月一二日に下関税務署中西清が上告人所有に係る

一、宇部市大字際波字西洗川三百二十番地の一

山林四反八畝二十七歩

一、同市大字同字山根三百二十一番地の一

山林八畝七歩

一、同所三百二十二番地

山林一畝十二歩

一、同所三百二十三番地の二

山林一反二畝二十八歩

一、宇部市大字際波千八百九十六番地の一

木造瓦葺平屋建家屋建坪三十八坪五合

一、同所二百八十八番地の二

木造瓦葺平屋建家屋建坪二十坪

一、同市大字同字山根千八百九十六番の一

宅地百十一坪

を公売処分に付し訴外金藤滋に対し一括して金十五万円で公売した事は時価に比し不当に廉価であるから違法処分故無効であると主張し且立証して来たのである。

而るに之に付原審判決は

「公売価格の一五万円は稍低廉に失する嫌がないではないけれども該公売を違法視するに足るほどの著しき不当の廉価とは認め難いからこのことを前提とする控訴人の損害賠償の請求も失当として排斥するの外はない」

と判旨して居る。

二、右の判旨は国税徴収法第廿四条に規定されて居る法意に反するものである。

第二十四条は先ず差押えた物件は公売に付するものとし公売に付しても買受人がない場合は見積価格で政府が買上げ、更に公益上必要ある場合は随意契約を出来ると三段に分けて規定されて居る。右の法意は収税官吏はあく迄も納税義務者の利益を考え公平妥当な価格を以て処分しなければならない義務を負担して居る事を示すものである。従つて国税徴収法施行規則に於ては収税官吏が遵守すべき公売上の手続を詳細に規定して居る。

国税徴収法施行規則第一八条では公売の方法、第一九条では公売手続、第二十一条では公売の場所、第二十二条では公売の実施の時期、第二十三条では価格の見積及公告を規定して居り右条項に基き公平に処理すべき事が明に示されて居る。

昭和廿五年九月一五日当時の国税徴収法施行規則第一四条には、

「差押フベキ財産管轄区域外ニ在ルトキハ収税官吏ハ其ノ財産所在地ノ収税官吏ニ滞納処分ノ引継ヲ為スベシ」と規定して居るが之も亦滞納処分の公平を企画する為に設けられて居たものであることは明かである。而るに右の如く収税官吏は公平に処分すべき義務を負担して居るにも不拘本件公売処分に就いては次の如き違法な諸手続が採られた上で一五万円と云う低廉な価格で公売された事は本件に現われた事実に徴し明かである。

(1)  公売処分に付された物件中、宇部市大字際波字山根千八百九十六番の一宅地百十一坪については国税徴収法施行規則第十六条に基く差押調書の交付をなして居らず、従つて上告人は差押えられた事について何等の通知を受けていないこととなる。

(2)  本件公売にあたつての見積価格についてその存在が全く判らない侭であること、之は被上告人の原審に於ける昭和三十四年三月廿四日付準備書面第一項の記載により明かである。

(3)  公売処分は前記当時の国税徴収法施行規則第十四条によれば宇部税務署が行わなければならないものであるにも不拘下関税務署長中西清が行つて居る手続上の明瞭な違背がある。

(4)  公売については名目上は公売と称するもその実際の取引は訴外金藤滋が予め立退料等を定めて来てそれより逆算して公売価格を決定して居る事が証拠上明かであつて多分に談合的な行為が存した事。

以上の諸点を総合判断すると、被上告人は本来有する義務に反し次の如く上告人の権利を不当に侵害した事になる。

宇部税務署が行うべき公売処分をその財産所在地から離れた下関税務署が行い為に十分なる近隣との比較並に公正な価格を調査算出することなしに、単に固定資産税等の評価を基準として公売を急ぎ、而も訴外金藤滋と恰も随意契約をなすに等しい行為をしながら公売の名月に不当に廉価に公売したと云うことにある。

国税徴収法第二十四条並に同法施行規則の規定によれば収税官吏は公売の場合は公平妥当な見積価格を先ず算出し石価格を基準としてなす義務があり右の価格で買受人のない場合には政府が買上げる事になるのは明かである。

此の法意は納税人の権利保護の建前にあることは当然の事である。従つてその見積価格は客観的妥当性を先ず第一に考えらるべきであり具体的な立退料等を勘案してなされるが如き事は不当と云わざるを得ないのである。

而も本件の如く居住者と不動産所有者たる上告人との関係は親子関係にあり何ら賃貸借関係等の法律関係が存在して居ない事が明な以上、公売価格に立退料を加算した上で本件不動産の価格が低廉でないからとする判旨は明に国税徴収法二十四条の法意を誤つて解釈したもので失当と云わざるを得ないのである。

三、以上の如く公売処分の諸手続の不備から生じた公売価格を金十五万円とした本件処分は明に市価よりも著しく低廉なものと云い得るのであつて違法な処分として無効と云い得べく右に反する原審判決は誤りであると思料する。

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